元の会社の友人の小宅さんから旅行記を投稿いただきました。小宅さんの旅行記は3通目です。ありがとうございます。
あとは手賀沼通信ブログからの抜粋です。
特別寄稿
山形秘湯を巡る旅 小宅信吾
9月1日(日) 噴き上がる間欠泉
IBM旧友4人で山形に来た。私は山形は始めてである。山形新幹線の米沢駅に降り立ち、駅前のレンタカー・ショップで四輪駆動のカローラを借りた。
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先ずは上杉神社に参拝。後、蕎麦屋で昼食。それから秘湯中の秘湯『広河原間欠泉湯の華』に向かった。ここに至る最後の40分ほどの道がきつかった。舗装がされていない砂利道をガタピシ延々と行く。運転が急ブレーキ・急ハンドル・急発進が多いとテキメンだ。後部座席に乗っていた私はとうとう気分が悪くなってしまった。
一旦、車を停車してもらって、今度は自分で運転した。運転していると気分の悪さは消えた。
午後4時頃、旅館『広河原間欠泉湯の華』にやっと到着した。ここの温泉は入浴中天に向かって噴きだす間欠泉が見られる国内唯一の温泉だそうだ。雑談などしながら30分ほど待つと、突然温泉水が噴出した。強烈な硫黄臭を周囲にまき散らしながら1m半ほどの高さの温泉水が噴出して5分ほど続いた。人間は単純なことで感激できるのが嬉しい。待ちに待った末に期待した通りのことが起こった、ただそのことだけで感動できる。何かしらリズミカルに眼前で踊る水柱を皆で呆気にとられて見ていた。
宿の主人に訊いてみると10分―45分くらいの間隔で噴き出すとのこと、5m以上の高さになることもあるらしい。夕食は山海の珍味多数、イワナ料理・米沢牛など絶品だった。
9月2日(月)
6時半起床。早速また間欠泉に入る。今度は5分も入っていると間欠泉は再び噴出した。何だか得をしたような満足した気分で朝食を摂った。
旅館9時半出発。今回の旅のテーマは秘湯を訪ねる事、それで蔵王温泉に向かった。ここも正真正銘の秘湯であった。その後、米沢駅近くまで来て街中の一軒の食堂に入って昼食を摂った。私は「カキフライ定
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食(800円也)」である。食堂を出ると土砂降りの大雨になっていた。その中を滑川温泉に行った。午後3時半に着いた。露天風呂二つと内湯に入った。内湯の入口は男女別になっているが入ると混浴だった。
夕食は鯉・イワナが中心の料理で美味。就寝中は絶えず川瀬の水が流れる音が聞こえていた。
部屋の担当になったサービス係りの女性は60歳を過ぎているだろうか。元気でテキパキ。頭の回転が速く対応が良く楽しかった。日本を支えているのは名もないこの様な人たちだ。
9月3日(水)
天候も回復していたので姥湯温泉に寄った。狭い山道を行き温泉近くの駐車場に車を停めた。駐車場から更に徒歩で500mほど登ると、三方から迫る急峻な崖の谷あいにその温泉はあった。
姥湯温泉の由来については、ここの一軒宿『枡形屋』の説明を次に引用する。
姥湯温泉の由来
鉱山師だった初代(枡形屋の祖先)が鉱脈を求めて山々を渡り歩いていてたまたまこの地へやって来た。
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すると露天風呂に髪の長い女性が湯浴みしているではないか。こんな山奥で女が湯浴みとはと驚いて、恐る恐る近づけば、なんと赤ん坊を抱いた恐ろしい形相の山姥(やまんば)だった。
思わず逃げ腰になると、山姥はそんな因果な山師などやめて、この湯の湯守にならんかいと云い残し、赤ん坊もろともどこかえ消えてしまったという。
それ以来、この湯を姥湯と名づけ、現在に至ると言い伝えられております。
ひと湯浴びて米沢駅に向かった。駅前のレストランで昼食に米沢牛を食し再び山形新幹線に乗り東京に帰った。
手賀沼通信ブログからの抜粋
「うおえもん」の閉店と「どん亭」の開店はペアで入れました。
ACERのノートパソコンを購入(平成25年4月3日)
平成25年3月24日長男が妻のパソコンをネットで購入、26日に届きました。
台湾のメーカー、ACERのノートパソコンASPIREですが、Made in Chinaになっていました。
妻が今まで使っていた中国メーカーLenovoのノートパソコンの調子が悪くなり、買い替えることになりました。ところがケーズ電器やビックカメラの店頭に並んでいるのはすべてWindows8が入っているものばかりでした。Windows8は使い勝手が良くないという評判なので、なんとかWindows7を装備したものがほしかったのです。
そこで長男がネットで探しました。見つかったのが次のものでした。
・ACER ASPIRE M3(ノートブックシリーズ)
−OS:Windows7 ホームプレミアム
64BIT SP1
−Memory:4GB DDR3
−Storage:256GB SSD
−価格:54,225円
特徴は記憶媒体がハードディスクでなく、SSD(Solid State Drive)になっていることです。
SSDはハードディスクのようにディスクを持たないため、読取り装置(ヘッド)をディスク上で移動させる時間(シークタイム)や、目的のデータがヘッド位置まで回転してくるまでの待ち時間(サーチタイム)がなく、高速に読み書きができます。また、モーターがないため消費電力も少なく、機械的に駆動する部品がないため衝撃にも強いのです。
長男は自分がほしいくらいと言っていました。
問題は今までLenovoのWindows XPの下で動いていた写真アルバム用のソフト「デジカメDE同時プリント」バージョン9が動くかどうかでしたが、Windows7にインストールした結果問題なく動きました。Lenovo上の写真も無事にACERに移行することができました。
新しいパソコンは驚くほど速く動きました。
今まで使っていたLenovoの仕様です。
・Lenovoノートブック(2007年9月購入 5年半使用)
−OS:Windows XP
−Memory:1GB
−Storage:70GB
−価格:91,875円
宮尾登美子「きのね」のモデル(平成25年5月7日)
平成25年5月6日、妻のすすめで読み始めた宮尾登美子の小説「きのね」を読み終わりました。この小説は、今年の2月3日に亡くなった市川団十郎の両親をモデルにした小説です。女性の視点から書かれています。
読み出したらやめられないほどの面白さで、約450ページの上下2巻を数日で読み終りました。11代市川団十郎というより9代市川海老蔵の名前で有名、多くの女性ファンから「海老さま」と呼ばれ1世を風靡した俳優に、女中として仕え、ぴったりと寄り添い、子供を産み、最後は正妻に迎えられた女性が主人公です。
よくここまで書けたものと驚きました。
小説のモデルをネットを頼りに探してみました。私は歌舞伎については特にファンではありません。普通の人が知っていることと同じくらいだと思います。
9代海老蔵についてただ一つ覚えていることは、海老蔵と松本幸四郎と尾上松緑の3兄弟が、日替わりで「勧進帳」の弁慶と富樫と義経を演じた舞台のテレビ放送を見たことです。まだ白黒のテレビ放送でした。
なお下記のモデルはあくまで私の類推で、当たっている保証はありません。
登場人物 | 人物関係 | モデル |
・光乃 | 主人公 | 千代 |
・雪雄(鶴蔵) | 光乃の夫 | 市川海老蔵(9代) |
(松川玄十郎) | | 市川団十郎(11代) |
・勇雄 | 雪雄長男 | 市川団十郎(12代) |
・雪代 | 雪雄長女 | 市川紅梅(2代) |
・新二郎 | 雪雄の弟 | 松本幸四郎(8代) |
・明子 | 新二郎の妻 | 初代中村吉衛門の娘 |
・優 | 雪雄の弟 | 尾上松緑(2代) |
・蝶子 | 優の妻 | |
・竹本宗四郎 | 雪雄の父 | 松本幸四郎(7代) |
・松川六円 | 雪雄の養父 | 市川団十郎(10代) |
・松川麗扇 | 松川家の血筋 | 市川翠扇(2代) |
・横田黄邨 | 鶴蔵後援会長 | 前田青邨 |
・幸右衛門 | | 中村吉右衛門(初代) |
・梅五郎 | | 中村歌右衛門(6代) |
・市川象之助 | | 市川猿之助(3代) |
・諸岡仁雀 | 雪雄の親友 | 片岡仁左衛門(14代) |
・関東豆助 | 東宝劇団移籍 | 坂東三津五郎(8代) |
・山村ひょうたん | ライバル | 中村勘三郎(17代) |
・松川澄之助 | 東宝劇団移籍 | 市川寿海(3代) |
・菊間流 | 踊りの流派 | 藤間流 |
・白木屋 | 屋号 | 高麗屋 |
回転ずしの「うおえもん」が閉店(平成25年6月2日)
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平成25年5月31日我孫子市のふれあいラインの手賀大橋近くの回転ずし「うおえもん」が閉店しました。
昨年9月「うおえもん」から数百メートルのところに、同じ回転ずしの「はま寿司」が開店しました。「はま寿司」は「うおえもん」より安い値段で売り出したのです。
4月に「うおえもん」に行ったところ、広い店舗の半分以下のスペースで営業していました。その時「大丈夫かな」という疑問を持ったのですが、それが現実となったのです。
6月2日に写真を撮りにいきました。当然のことですが、ひと気はまったくありませんでした。
うおえもんの場所には最初「京樽」がありました。その後「海鮮三崎港」に変わりました。
そして平成21年3月に「うおえもん」に変わったのです。ところがそれから4年3か月後、回転ずし戦争に敗れ閉店となったのです。
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店の入り口に張り紙が貼ってありました。
7月にしゃぶしゃぶ「どん亭」としてリニューアルオープンするとのことです。
「海鮮三崎港」と「うおえもん」は京樽グループですが、「どん亭」は別のチェーン店です。京樽グループはこの場所を手放したということのようです。
「うおえもん」は「はま寿司」より好きなお店でしたが仕方ありません。「どん亭」がどんなメニューを提供してくれるのかそれもまた楽しみです。
「どん亭」がオープン(NO.631)(平成25年7月14日)
今回から書き込みの番号を入れることにいたします。
手賀沼通信ブログは、2006年8月4日に1回目を書き始めました。それから7年足らずの間に630回の書き込みをしています。最初から番号を入れておけば、後から検索するのが楽だったことにやっと気がつきました。
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平成25年7月13日我孫子市のふれあいラインの手賀大橋の近くに「どん亭」がオープンしました。以前「うおえもん」があった場所です。
「どん亭」はしゃぶしゃぶとすき焼きを売り物とするファミリーレストランです。肉料理のファミレスが近くにないだけに楽しみが一つ増えました。おすしやそばもあるようです。
「うおえもん」は近くに「はま寿司」ができた影響で客足が減り、店を閉めることになってしまいました。
「どん亭」のおかげで「はま寿司」がなくなることがないよう願いたいものです。
関東地方梅雨明け(平成25年7月6日)
平成25年7月6日関東地方の梅雨明けが発表されました。
平年より15日早く1951年統計を取り始めて以後4番目に早い梅雨明けとのことです。この7年間では最も早い関東地方の梅雨あけです。今年の梅雨入りは5月29日で7年間で2番目に早い梅雨入りでしたが、梅雨明けの方は1番目となりました。
この7年間の梅雨入りと梅雨明けを日記より調べてみました。
1972年35歳の頃から日記をつけています。最初は会社のダイアリーに書いていたのですが、60歳から妻から贈られた10年日記に替え、70歳からは2冊目の10年日記をつけています。
10年日記のいいところは最大10年間の出来事を比較できることです。梅雨に関しても7年間の比較をしてみました。
今までで最も暑かったのは7月9日に梅雨明けした平成23年ではなく、その前年の平成22年でした。9月1日の日記に「全国の各地で猛暑の記録が塗り替えられる」、9月22日には「東京の真夏日最多71日」と記しています。
今年は関東地方の南部は梅雨入りしてからも晴れの日が多く、雨が降っても弱い雨が多く、雨らしい雨はほとんど降りませんでした。これからは猛暑が続くことでしょうが、はたして水は足りるのでしょうか。暑さの記録は書き換えられるのでしょうか。高齢者にとってはじっと我慢の日が続きそうです。