あけましておめでとうございます。
 今年もよろしくお願いいたします。


 アルコールシリーズと果物シリーズに続いて魚介類シリーズをお届けいたします。
 魚介類と言えばおさかな、おさかなと言えば、多くの日本人が一番好きなのはマグロではないでしょうか。
 まずはマグロ物語から始めましょう。

マグロ物語

 私がマグロについておぼろげに記憶しているのは子供のころのことです。小学3年生の時に太平洋戦争が終わったので、マグロの記憶が戦前なのか戦後なのかは定かでありません。
 私が生まれ育ったのは愛媛県の瀬戸内海に面した小さな町です。今は伊予市になっていますが、当時は郡中町でした。小さな港はありましたが、漁をする小さな舟は港ではなく砂浜に引き上げられていて、漁に出るときは海に降ろして出かけていました。
 食事のおかずは毎日そんな小さな舟が獲ってくる小魚が中心でした。
 とこがある日、近所の町一番の魚屋に、マグロが1尾大きな台の上に載せられていました。見たこともない大きな魚でした。これがマグロにお目にかかった最初でした。何マグロだったかはもちろんわかりません。瀬戸内海ではマグロは獲れないので、今考えてもどこから運ばれたのか不思議です。当時、陸路は舗装された道やトラックは少なかったので、船でどこかの港から運ばれたのでしょう。
 そのとき食べたかどうかは覚えていません。
 マグロを食べ始めたのは、高校を卒業して東京に来てからです。
 今はマグロの刺身や握りずしのおいしさにすっかりとりこになっています。

1.マグロの種類
 マグロの種類は8種類です。高級なものから、クロマグロ(太平洋)、クロマグロ(大西洋)、ミナミマグロ、メバチ、キハダ、ビンナガ、コシナガ、タイセイヨウマグロです。
 カジキがよくカジキマグロと呼ばれますが、分類学的にはマグロとは関係ありません。

クロマグロ(太平洋)
 温帯性マグロ。ホンマグロとも呼ばれ、マグロの中で最も高級なもので、魚市場でも最も高値で取引されます。大間のマグロとして有名なマグロはクロマグロです。マグロの中でもっと大きくなり、大きいものは3メートル、400キロを超えるものもあります。クロマグロは最も北に回遊します。

クロマグロ(大西洋)
 太平洋と大西洋のクロマグロは別種ですが、どちらもクロマグロとして取り扱われます。大きいものは体長4.5メートル、体重680キロに達するものがあります。地中海、黒海を含む大西洋を回遊しています。日本のすしや刺身で消費されるクロマグロの半分は大西洋産のものです。

ミナミマグロ
 温帯性マグロ。南半球の冷たい海に生息しているのがミナミマグロです。クロマグロほど大きくはならず、最大で2メートル程度です。クロマグロに次ぐ高級魚で、大トロが取れるのはクロマグロとミナミマグロだけです。

メバチ
 熱帯性マグロ。体長2メートルほどでずんぐりした体形。メバチの名前は英語名「Bigeye tuna」からきています。キハダと同様、熱帯の温かい海に暮らしています。身に脂を蓄積するので3番目の高級魚です。日本で一番流通しているマグロです。

キハダ
 熱帯性マグロ。世界中の熱帯域に分布しています。体長2メートル、体重200キロほどで、身は赤身でトロは取れません。ツナ缶に多く利用されます。漁獲量は8種のマグロの中で最大です。

ビンナガ
 温帯性マグロ。体長1.2メートル、体重40キロ程度の小型マグロです。他のマグロと異なり、身は薄いピンク色で身は柔らかく、刺身としては上物ではなく、すし屋では「ビントロ」として出されています。欧米では料理用、缶詰用として人気があります。

コシナガとタイセイヨウマグロ
 日本の市場には出回っていません。

2.日本の消費量
 日本で主に刺身マグロとして食べられているのは、クロマグロ、ミナミマグロ、メバチ、キハダ、ビンナガです。
 2013年の数字では輸入が上回っています。
・国内生産量(漁獲+養殖) 48%
・輸入量          52%

2012年の世界全体の消費量に占める日本全体の消費量を見てみると、おおよそ以下のようになります。
・ミナミマグロ 世界全体の98%
・クロマグロ  世界全体の72%
・メバチ    世界全体の32%
・ビンナガ   世界全体の26%
・キハダ    世界全体の9%

 2012年の1年間で、日本で消費されたマグロ37万トンを、種別に見てみると次の通りです。(缶詰などの調整品は含みません)
・メバチ    40%
・キハダ    31%
・ビンナガ   18%
・クロマグロ   8%
・ミナミマグロ  3%

3.日本人とマグロ
 およそ6000年前の縄文中期の貝塚からマグロの骨が発見され、獣の骨や角で作った漁具、銛の先端の部分である銛頭や釣り鉤が発見されました。これらの証拠から、この時期から古代日本人がマグロを食料の一部として利用していたことが明らかになりました。
 7,8世紀に編纂された万葉集にマグロの銛漁や釣漁に関する歌が収められており、これらの漁法は引き続き存在していたようです。
 マグロは、古くはシビと呼ばれ、あるいは今も関西地方で広く使われるハツという呼び方でも呼ばれました。「古事記」「日本書紀」「万葉集」には「鮪」の文字があり、その読み方をシビとしてあります。
 マグロという呼び名は、江戸時代も中ごろになってはじめて文献に登場します。マグロは江戸を中心とする方言で、目黒つまり目が黒いからマグロと言われたようです。別の説では、その背色が黒いことから「まっくろ」の言葉が転じてマグロになったといわれています。

 マグロは最初は漁獲してもあまり喜ばれなかったようです。平安・室町時代の国語辞典ともいえる「下学集」には、マグロはまずい魚として記載されています。江戸時代初期に書かれた「慶長見聞集」には「シビは味わい良からずとて地下の者も食わず、シビは死日に聞こえて不吉なり」とさらに厳しく書かれています。
 江戸時代後期までは、マグロは煮るか焼くかで、生で食べることはほとんどありませんでした。足がはやく腐りやすいマグロは、タイやヒラメのような白身の魚に比べて一段も二段も劣る下等な魚とみなされていました。
 文化・文政(1817年前後)のころ、江戸前寿司の登場を機に、何とか日の目を見るようになります。その後、安政年間(1853〜1859年)に近海マグロが大量に獲れた時期があり、貯蔵も兼ねて醤油漬けにしたマグロが寿司ネタとして大当たりしました。今で言う「ヅケ」です。
 赤身の「ヅケ」が大当たりした裏で、トロは捨てられていました。「猫またぎ」などと呼ばれました。当時は肉食の習慣がなく、日本人の舌はかなり淡白な味を好んだようです。
 日本人が本格的にマグロを食べるようになったのは戦後で、ツナ缶の原材料としてアメリカに輸出するためマグロが盛んに漁獲されるようになってからです。しかしクロマグロではなく、キハダやビンナガでした。当時はまだマイナス20〜30度の冷凍設備しかなく、クロマグロを獲っても日本に持ち帰るころには鮮度が落ち、売り物にはなりませんでした。生のマグロの刺身やすしネタを食べるようになるにはもう少し時間がかかりました。
 1960年代になってマイナス60度という超低温の冷凍設備が現れたことで状況は一変します。捕獲したマグロを即殺し血抜きなどの処理をしてから、船内の冷凍庫で凍結すると、2年間色も味も変わらず保存できることがわかったのです。
 マグロ船はこぞって冷凍設備を完備し、キハダやメバチから高級魚のクロマグロやミナミマグロへと乗り換えました。
 時代は高度成長期、生活も豊かになり、うまいものを食べたいとマグロの消費量も大きく伸びました。

4.マグロ漁業の歴史と漁法
定置網
 マグロを大量に取り出したのは江戸時代からです。
 漁業が発達していなかった昔は、資源も手付かずに近い状態だったので、今よりも陸地近くにマグロが来遊したと考えられます。クロマグロを主対象にしたのが定置網(大謀網)です。この漁法は岸より沖に張り出した垣網によって来遊するマグロを遮り、袋状の身網に誘い込んで漁獲する方法です。
 このような定置網漁法は19世紀には大きく発展して国内各地に広まり、20世紀初頭まで盛んに行われました。
 現在は定置網は日本ではマグロ魚法としてはほかの漁法に取って代わられましたが、ブリやサケなど、沿岸漁業の重要な漁法として今なお盛んです。また地中海など海外では定置網漁法でマグロを獲っているところもあります。

はえ縄
 マグロはえ縄漁法は千葉県南部で18世紀中ごろに開発されました。
 「はえ縄」漁具は、長い幹縄、釣り鉤が1本付いた枝縄と呼ばれる縄が「縄のれん」のようにぶら下げられます。「アバ」と呼ばれる浮きを一定間隔で取り付けます。これで漁具全体が海表面から「すだれ」のように海の中に設置されます。
 開発当初は漁船の動力、創業ともに人力に頼っていたため、漁労作業は大変過酷でした。
 現在は労力は機械に頼っていますが、1回の操業で使用される鉤の数が次第に増加し、3000本を超え、
幹縄の全長が100キロを超えるようになりました。3000本の釣り鉤のひとつひとつに、サバ、サンマ、イカなどのえさを付け、数時間かけて明け方に海に設置します。
 昼過ぎからラインホーラーを使って延々と巻き上げるのです。
 しかしマグロが獲れる確率は低く、数匹から30匹程度と言われています。
 ただ、マグロを1匹1匹つりあげるため、マグロの傷みが少なく、高価で取引されます。

巻き網
 アメリカ発祥の漁法です。
 大型の網を広げて、泳ぎ回る魚を包み込むようにして獲る漁法です。円を描く網の直径は、200メートルから1000メートルにもなります。缶詰用のマグロは、主にこの方法で獲られます。
 巻き網漁は、網を絞り込んだ後、船上に引き上げます。狭めて行く網の中でマグロが暴れたり、網の中のマグロの重みでマグロ自体が押しつぶされたりするため、マグロが傷つきやすく、あまり刺身向けにはされません。

一本釣り
 もっとも古い歴史を持つ漁法で、長さ4〜6メートルの竿を使って、漁船から釣り上げます。自動で糸を巻き上げる機械と人間の手を使って100キロ以上もあるマグロを引き上げます。1匹釣り上げるのに、1〜2時間かかることもあります。大間のマグロは一本釣りで釣り上げます。

5.マグロの養殖
 世界で養殖されているマグロの種類は、太平洋クロマグロ、大西洋クロマグロ、ミナミマグロの3種類です。
 養殖は、完全養殖、養殖、蓄養、の3つに分けられます。完全養殖については、次章で取り上げますので、ここでは養殖と蓄養について説明します。なおJAS法では「蓄養」も「養殖」も養殖とされ、商品の表記に「蓄養」を目にすることはありません。しかし業界では、その生産形態の違いから明確に区別されています。

養殖
 「養殖」は天然幼魚の確保から始まります。夏場から秋にかけて、太平洋沿岸や日本海西部に現れる約20〜30センチのクロマグロの天然幼魚(ヨコワ)を捕獲し、生簀に収容します。
 生簀では成長に合わせて、イカナゴ、アジ、サバ、イワシなどの生餌を与えながら、30〜90キロぐらいの大きさまで育成して出荷します。
 このような「養殖」を行っているのは日本だけです。
 養殖場は、沖縄、九州、四国、中国、近畿、北陸など日本の西南地方に集まっています。

蓄養
 「蓄養」は天然の10キロぐらいの幼魚や数百キロの成魚を、生簀でサバ、アジ、イワシなどの生餌を与えて飼育します。数百キロの成魚は、産卵した後のマグロです。産卵した後は腹のあたりからしっぽにかけて肉がごそっと落ちて「らっきょうマグロ」などと言われます。しかしクロマグロであることには変わりません。
 日本の商社はそこに目をつけ、毎年7〜8月ごろ痩せたマグロをごっそり捕獲し、イカやサバなど栄養価の高い餌を与えて11月頃日本に空輸することを考えました。
 数か月でトロ味たっぷりのクロマグロに変身するのです。
 太西洋クロマグロは、地中海のスペイン、モロッコ、イタリア、マルタ、チュニジア、アルジェリア、クロアチア、ギリシャ、トルコなどで、太平洋クロマグロはメキシコ、ミナミマグロはオーストラリアで蓄養されています。最近では日本でも蓄養が行われるようになりました。

6.近畿大学による完全養殖
 「養殖」も「蓄養」もマグロを直接捕獲するのと同じように、天然の資源を食べることになります。
 「完全養殖」とは、最初に天然の資源からクロマグロの幼魚を捕獲し、成魚に育てて産卵させ、生まれた稚魚を成魚にして産卵させるサイクルのことです。このサイクルが確立できれば、天然資源を減らさずにマグロを食べることができます。
 完全養殖は、ハマチ、タイ、ヒラメなど多くの高級魚で行われています。資源の枯渇が心配されているクロマグロの完全養殖は長年の夢でした。
 それに成功したのが近畿大学水産研究所です。
 近代水研がマグロ養殖研究に本格的に取り組み始めたのは、1970年水産庁が開始した「有用魚類大規模養殖実験事業」でした。マグロの養殖実験に関しては、静岡、三重、長崎の各県水産試験所と東海大学、近畿大学が招聘され「マグロ類養殖技術開発企業化試験」プロジェクトが始動しました。しかし3年間の実験がうまくいかず、研究費も打ち切られたため、近大以外は撤退してしまいました。
 近代水研はその後も研究をつづけました。11年間のマグロの産卵の停止、稚魚の共食い、光パニックでの稚魚の大量死、などの難関を乗り越え、2002年にやっと完全養殖に成功したのです。研究開始から32年の年月が流れていました。

参考資料:
「マグロのふしぎがわかる本」中野秀樹、岡雅一 築地書館
「究極のクロマグロ完全養殖物語」熊井英水 日本経済新聞出版社
HP「Wikipedia」
HP「GLOBAL NOTE」
HP「WWF別」
HP「帝国書院」

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