3月号の手賀沼通信で、
 ・私の推薦したい本
 ・私の思い出の映画またはテレビドラマ
についてのご投稿をお願いしましたが、今のところご寄稿はまだありません。
 引き続きご投稿をお待ちしています。

 今月は私の読書遍歴と、以前手賀沼通信に載せた司馬遼太郎の本についての感想文を再度ご紹介させていただきます。
 皆様の読書遍歴についてもお寄せいただければと思っております。

雑然とした私の読書遍歴

 学生時代やビジネスマン時代は勉強や仕事のためや資格取得のために必要な本を数多く読みましたが、それらの本は人生や生き方を考えるものではありませんでした。単なる知識や方法論を学ぶためでした。
 ここでの読書は文学作品に限っております。

1.子供時代から大学卒業まで
 子供時代に読んだ本で、今でも強烈な印象を受けたと記憶している最初の1冊があります。
 クリスチャンで博愛主義者の香川豊彦の「一粒の麦」です。おそらく中学生のころ読んだのではではないかと思います。内容ははっきりと覚えていませんが、ハンセン病(当時は別の病名でした)患者にかかわる話だったのではないかと思います。
 私の祖母は我が家でただ一人クリスチャンでした。その祖母がもっていた本でした。
 次に感動したのはパールバックの「大地」です。中学校の図書館にありました。この本によって読書の楽しみを知りました。
 マーガレット・ミッチェルの「風と共に去りぬ」も忘れられない本です。のちにヴィヴィアン・リーとクラークゲーブルの映画で感激を新たにしました。
 この映画は日本での初公開は1952年ですが、製作されたのは1939年で、太平洋戦争開戦の2年前です。カラーで3時間42分の超大作です。こんな映画が作れるアメリカと戦争しても勝てるわけがないと変なところで感心した次第です。
 それからは冒険小説や推理小説を読み漁りました。胸をわくわくさせながら手当たり次第読みました。アレクサンドル・デュマやコナンドイルなど大好きな作家です。
 日本の作品では高校時代に読んだ島崎藤村の「夜明け前」が忘れられません。「木曽路はすべて山の中である」という書き出しは今でもしっかり覚えています。
 高校時代は受験勉強に懸命だったため、むしろ中学時代の方が小説をたくさん読んだのではないかと思います。
 大学に入って熱中したのがミステリーです。アガサ・クリスティ、エラリー・クイーン、ディクソン・カー、ウィリアム・アイリッシュ、ジョルジュ・シムノンなど乱読しました。
 同じクラスにミステリーの同好者がいて、ハヤカワミステリーを交換しながら読んだものです。
 世界文学全集や日本文学全集を読み漁ったのも大学時代です。トルストイやヘミングウェイが印象に残っています。

2.サラリ−マン時代
 何と言っても司馬遼太郎です。私がサラリーマンになったのが昭和35年、同じ年に司馬遼太郎が直木賞をとりました。そして「竜馬が行く」の1冊目の立志編が出たのが昭和38年でした。
 それから司馬遼太郎のハードカバーの本が出るたびに真っ先に買って読みました。長編はすべて読みました。
 この後に司馬遼太郎について書いているのでこれくらいにしますが、司馬遼太郎の本は手放さず、今でも本棚に残っています。
 サラリーマン時代から本の読み方が変わりました。好きな作家が見つかると、その作家の本を集中的に読むのです。この読み方は退職後も続いています。もっぱら電車の中が読書タイムでした。
 サラリーマン時代に読んだのは、時代小説では「鬼平犯科帳」などの池波正太郎、「武田信玄」などの新田次郎、「用心棒日月抄」などの藤沢周平、「宮本武蔵」などの吉川英治、「天と地と」などの海音寺潮五郎、「赤穂浪士」などの大仏二郎、「樅の木は残った」などの山本周五郎ほかです。
 現代小説で読んだのは「落日燃ゆ」などの城山三郎、「不毛地帯」などの山崎豊子、「序の舞」などの宮尾登美子、「富士山頂」などの新田次郎その他です。芥川賞の作家はほとんど読んでいません。好きなのは直木賞の作家です。
 海外の作家ではシドニイ・シェルダンを愛読しました。この人の英語は読みやすいのでほとんど原語で読みました。ケン・フォレットも原語です。
 フレデリック・フォーサイスも好きでした。

3.退職後
 退職後はたっぷり時間があります。退職後は本はあまり買わず、近くの我孫子図書館で好きな本を選んで予約して読んでいます。
 サラリーマン時代と違って、ビジネス書や固い内容の本はほとんど読まず、エンターテイメントに徹する本ばかり読みました。
 もっとも数多く読んだのは佐伯泰英の時代小説です。5月末現在235冊読んでいます。
 サラリーマンをやめたのは平成10年ですが、平成15年からは読んだ本をパソコンに記録しています。最も数多く読んだのは平成20年で90冊、最も少なかったのは平成26年の41冊です。
 サラリーマン時代と同じように、日本の時代小説が多くなっています。司馬遼太郎、池波正太郎、藤沢周平などのほかに、津本陽、柴田錬三郎、山本一力、童門冬二、吉村昭、火坂雅志、鈴木英治、和田はつ子、今井恵美子、宮城谷昌光(中国もの)、などで、現代ものは、新田次郎、山崎豊子、高杉良、浅田次郎、宮部みゆき、早坂暁、高田郁、池井戸潤、宮尾登美子、東野圭吾、百田尚樹、三浦しをん、五木寛之(紀行文)などです。
 海外の作家はジョン・グリシャム、アーサー・ヘイリーなどです。
 これから足が弱くなるとおそらく読書が最大の楽しみになっていくと考えています。

 以下の2編は1998年(平成10年)11月の手賀沼通信第8号に載せた司馬遼太郎の著作についてのエッセイです。
 司馬遼太郎は1996年に亡くなりました。私が一番好きなのは司馬遼太郎です。
 ここで再度ご紹介したいと思います。

「街道を行く」を読み返す

 10月からNHKスペシャルで「街道を行く」第2回シリーズがはじまりました。第1回シリーズは昨年の10月に開始され、今年の3月まで6回放送されました。「街道を行く」は司馬氏自身が映像にはなり難いと言っていたのですが、出来上がってみると美しい自然や人々の営みが克明に捕らえられていてすばらしい映像になっています。それに田村高廣の朗読が一層作品に味を添えています。
 私は平成8年に司馬遼太郎氏がなくなった後、「街道を行く」の再読を始めました。最初は週刊朝日に連載されたのが単行本になると、順番を気にせず図書館で借りて読んだのですが、今回は全43冊を買い揃え1冊目から順に読みました。昨年秋に42冊まで読み終え、最後の1冊はなんだか読み終わるのが惜しい気がしてそのままにしてあります。最後の1冊は「濃尾参州記」で氏の絶筆となりました。したがって未完のまま終わっています。
 「街道を行く」は、氏が小説を書かなくなった後も継続して書き継がれました。それは紀行文の枠をはみ出した壮大な歴史論であり文化人類論と言ってもいいと思います。地理や歴史や文化や民族などに関する豊富な知識をもとに、何事も現地へ行き自分の目で見て確かめながら考え判断するという立場を、信念を持って守っていました。そして氏が最も嫌いだったのは、なんとか主義やイデオロギーでした。そんなものは役に立たないもの、それ以上に世の中を毒するものとして排していました。その例として、太平洋戦争を引き起こし日本国民を大量に死に至らしめアジア諸国に多大の被害を与えた、日本の軍国主義に対して激しい怒りを表しています。

 ここで「街道を行く」43冊に収録されているデータをまとめてみましょう。1冊に2ヵ所の街道が入っていたり、1つの街道が2冊に分かれていたりして、街道の数と冊数とは必ずしも一致していません。
 ・連載雑誌:週刊朝日
 ・連載期間:1971年1月1日〜1996年3月15日号(25年3ヵ月、1147回)
 ・街道の数
  −国内:北海道 2ヵ所
       東北 6ヵ所
       関東甲信越 9ヵ所
       中部北陸 4ヵ所
       近畿 22ヵ所
       中国 3ヵ所
       四国 3ヵ所
       九州 7ヵ所
       沖縄 1ヵ所
  −海外:12ヵ所(韓国−2ヵ所・モンゴル・中国−3ヵ所・スペイン・ポルトガル・アイルランド・オランダ・アメ
       リカ・台湾)
 ・同行画家:須田剋太・安野光雅

 「街道を行く」の各編はそれぞれ違った趣がありますが、私が好きなのは海外編です。氏は旅に出る前に周到な準備をします。それは主として文献を読むことのようでした。「竜馬が行く」を書いた時は神田の古本屋から坂本竜馬と竜馬を取り巻く人に関する本が司馬氏に買い占められて消えてしまったといわれているくらいです。旅行は同行の画家のほかに夫人と朝日新聞社のスタッフが加わり、そして現地の人との出会いと交流があります。
 街道での移動は国内はタクシーが主で、海外の場合はマイクロバスとなります。旅行中は取材ノートにメモを取り、自分でも画やスケッチをすることもあったようです。
 単なる紀行文に終わっていない理由は事前の勉強と、いろいろな人との出会いを楽しみながらも鋭い観察力と推理を働かせたことにもあると思います。

 なおこの期間に氏の長編小説も大半読み返しました。そしてあらためて司馬遼太郎の偉大さを実感するとともに、不世出ともいえる作家を同時代に持った喜びをしみじみかみしめています。

司馬遼太郎の歴史小説に学ぶ

 司馬遼太郎氏は平成8年2月12日になくなりました。当時私はアコム株式会社の教育部の顧問をしており、教育部から全社員に出している教育機関紙「すてっぷ」に下記のような一文を乗せました。
 そのページは自己啓発について社員に呼びかけるコラムだったのですが、今読み返してみると、氏の突然の訃報をいたむ追悼文にもなっています。教育部発のためややお説教臭くなっていますが、、ご紹介したいと思います。

 去る2月12日、作家の司馬遼太郎氏が亡くなりました。10日に自宅で倒れた後突然の訃報でした。
 2月29日の週間文春には、次のような書き出しで追悼の特集が組まれていました。「日本とは、日本人とは何か―この国に熱き思いを馳せ続けた、戦後最大の国民作家が亡くなった。享年七十二。膨大な資料をもとに縦横無尽に語られる著作の数々は、歴史小説という枠を越えて、人間の生きる姿を生き生きと描き出し、多くの読書人に愛された。観念主義にとらわれない氏の文章は戦後日本人への激励であり、また日本への警鐘でもあった。後世への大きな贈り物を残して、惜しまれながら巨匠は逝った。」 本当に残念としか言いようがありません。

 私が司馬遼太郎の作品を読んだのは、30年近く前「竜馬がゆく」が初めてでした。面白くて一気に読みましたが、読み終わったときの感激は今でも覚えています。竜馬については、同じ四国の出身なので以前から親しみは感じていましたが、たんに幕末の志士というくらいの理解しかしていませんでした。ところが読み終わった後、日本にこんなに新しい考え方をする若者がいたのだという思いと、司馬遼太郎という作家はこの後どんな物語を書いてくれるのだろうかという期待でいっぱいになりました。
 それから、司馬遼太郎の長編小説が発表される度に全て読みました。そこには平安時代の空海に始まって、明治時代の日露戦争にいたるまでの、歴史上の事件と人物が縦横に描かれています。とくに戦国時代と幕末については、氏の小説を読めばほかのものを読まなくても歴史がわかるといっても過言ではありません。そして、しっかりした論証の上に立った深い歴史観に引き込まれてゆきます。また小説の主人公に対しては、常にあたたかい目で見守っているのが感じられます。

 文芸春秋臨時増刊「司馬遼太郎の世界」によると、ベスト3は次の通りです。
  順位   作品名    主人公
経営者が好きな作品
   1  坂の上の雲   秋山好古・真之(日露戦争が主人公)
   2  竜馬がゆく   坂本竜馬
   3  翔ぶが如く   西郷隆盛・大久保利通
一般社員が好きな作品
   1  竜馬がゆく
   2  坂の上の雲
   3  国盗り物語   斉藤道三・織田信長
 これらの作品が選ばれたのは、いずれもその時代の壮大なドラマがあり、主人公たちの夢とロマンが読者に広く支持されたためです。

 ところで私たちは、司馬遼太郎の歴史小説から多くのことを学ぶことができます。
 まず第一は、私たちが人生や仕事の上で、困難や苦しみに直面したときにそれに打ち勝つ力を与えてくれることです。それは司馬氏自ら「私には、幸い、この世にたくさんのすばらしい友人がいる。歴史の中にもいる。そこには、この世では求めがたいほどにすばらしい人たちがいて、私の日常を、はげましたり、なぐさめたりしてくれているのである。」と書いているように、ほとんどの小説の主人公は前向きに人生の目標を達成しようと努力をしています。
 第二は、楽しみながら歴史に強くなれることです。面白さという点でも一級のエンターテインメントであり、代表的な長編小説の主人公には次の英雄たちが生き生きと登場してきます。
 平安時代−空海、最澄、義経
 室町時代−日野富子
 戦国時代−斉藤道三、北条早雲、織田信長、豊臣秀吉、黒田如水、雑賀孫市、徳川家康、石田三成、長
         曾我部元親と盛親、淀君、豊臣秀頼
 江戸時代−千葉周作、高田屋嘉兵衛
 幕末   −吉田松陰、高杉晋作、西郷隆盛、大久保利通、山内容堂、坂本竜馬、河井継之助、大村益次
         郎、近藤勇、土方歳三、松本良順、松平容保、徳川慶喜、江藤新平
 明治時代−秋山好古、秋山真之、正岡子規、乃木希典  中国  −項羽(楚)、劉邦(漢)、ヌルハチとホン
         タイジ(清)
 これらの主人公の周りには、さらに多くの登場人物が彩りを添えます。小説のため、もちろんフィクションの部分もありますが、歴史の大きな流れは史実に基づいており、驚くべき博学と膨大な資料に裏打ちされて私たちの前に見事に展開されます。
 第三は過去の歴史と今の時代を見直し、先の時代を読むことの必要性を痛感させられることです。氏の歴史を見る目は「司馬史観」といわれているように、従来の観念的な見方を打ち破り、1つ1つの事実から歴史をとらえています。そこには、私たちを納得させるいわば新しい文明論があります。そして氏の歴史観から現代に通ずるものの見方が得られます。「韃靼疾風録」以後、氏は小説を書くことをやめ、「街道をゆく」や「この国のかたち」で鋭い文明批評や日本社会のあるべき姿を描き続けました。これも私たちに対する大きな遺産といえるでしょう。

 まだ司馬遼太郎の歴史小説を読んでいない方は、まず「竜馬がゆく」を読んでみてください。必ず竜馬が好きになります。また女性だから幕末の志士は敬遠するなどと言わないでください。昨年11月竜馬を偲ぶ竜馬祭が檮原(ゆすはら)という高知県の山奥で行われましたが、そこには全国から若い女性が大勢集まりました。竜馬ファンは老若男女を問わないようです。
 それからは自分の好きな主人公の小説を読んでみましょう。小説は読まないという主義の方も、マンガしか読まないという方も、だまされたと思ってトライしてみませんか。

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