手賀沼通信第248号に続く「中国あれこれ」の第2編です。本場の中国料理について貴重な投稿をいただきました。ありがとうございました。

中国あれこれ−中国料理編     大川豊 71歳

 今回は料理編ですが、実は、私は食通でもなければ、自炊もできないので、料理はあまり得意ではありません。ただ、中国で本場の中国料理を食べてみて、日本とは少し違うと思ったことについて筆を進めます。

1.中国料理
 中国料理は多彩で、素材や料理法の豊富さから最もおいしい料理ではないかと思っています。中国では、朝食を除いて、いつもレストランへ出かけ外食していました。ただ困ったことにどのレストランでもいくつかの料理を少しずつ盛り合わせた定食がなく、どれも多めの一品料理になります。一人だと、せいぜい二皿しか頼めず、あれこれ楽しむことができません。それで、時々会話の勉強と称して、学生を4、5人ずつ順番に呼んで食事会をしていました。それぞれ好きなものを頼めば、いろいろな料理が味わえます。時には私の知らない料理も出てきて、楽しめました。よく中国料理を味わうには7,8人で卓を囲むのが一番良いと言われます。
 一般に中国では唐辛子をふんだんに使う辛めの料理が多いのですが、最初の赴任地の蘇州では甘酢あんかけのような甘い料理が多かったです。蘇州や上海の中国人は四川風の料理を辛くて食べられないと言います。逆に他の地方の中国人は蘇州や上海の料理は甘くてまずいと敬遠しています。辛い料理といえば日本では四川料理が有名です。中国では辛さを山椒の「麻」と唐辛子の「辣」に区別します。
 四川料理は麻婆豆腐をはじめとして「麻」が多いようです。私は中国料理の中で毛沢東の故郷、湖南料理が一番辛いと思いました。湖南省の長沙へ旅行した時、レストランで何を頼んでも唐辛子がたくさん入っていて閉口しました。

2. 豊富な冷菜(前菜)
 レストランに入ってメニューを見ると、最初に冷菜、それから肉料理や魚料理、そしてスープや野菜、主食にデザートと並んでいます。中国ではどこのレストランでもたくさんの冷菜がメニューにあります。野菜の盛り合わせ、キュウリの辛味噌和え、豆腐、皮蛋、クラゲ、蒸し鶏、焼豚、各種の煮凝り、そして、好きなナツメの蜜煮などもあります。中国の人達との宴席では、必ず主菜の皿数より多く冷菜を頼みます。お茶や酒を飲みながら、この冷菜を少しずつつまんでいるだけで満ち足りてきます。私はこの多彩な冷菜がすっかり気にいっています。

3. 主食について
 主食とはあまり耳慣れない言葉ですが、おかずとご飯のご飯に当たります。中国の主食は、白米、粥、麺類、餃子、饅頭、小籠包、それにチャーハンなどと豊富です。日本の中国料理のレスランではコースの締めにチャーハンや焼きソバが出るので、中国へ行くまで、中国人は白米を食べないのではと思っていました。ところが学生達と食事をすると、いくつかの料理をおかずに、主食の白米をよく食べます。昔、揚子江より北側は小麦圏で、饅頭や麺を食べ、南側が米飯圏で米を食べるといわれましたが、現代では、中国で一番おいしい米は東北米(満州)だといわれます。品種改良が進み、寒冷地や乾燥地でも米がとれるようになったのでしょう。
 主食と言えば、餃子やチャーハンも主食にあたります。よく学生達から日本人は餃子をおかずにご飯を食べると不思議がられました。また日本人がそれなりのレストランへ入ってチャーハンだけを頼んで済ませるのは、日本のレストランでライスだけを頼んで済ませるようなもので、奇異に思われるでしょう。

4.餃子について
 餃子は一部の南部を除いて、中国の人達のソウルフードです。春節には一家で餃子を作って祝います。大学でも新入生が皆で必ず餃子パーティーを行います。小麦粉を練って餃子の皮から作ります。我々教師もよく呼ばれ、一緒に作らされました。私が作ると大きさが不揃いで、あんがはみ出したりしてさんざんでした。
 街には東北餃子館などといった餃子屋があります。一皿頼むと、やや小さめな餃子が大きな皿に20個、30個と並んで出てきます。餃子の種類は豊富ですが、いろいろ試すには何皿も頼まなければならず、ここでも数人で食べるほうが楽しめます。ここでいう餃子は水餃子のことです。もちろん少し大きめの蒸し餃子や焼き餃子(鍋貼)もありますが、湯がいた水餃子が主流です。

5. 蓋澆飯(中華丼ぶり)
 蘭州大学では郊外のキャンパスに宿舎があり、付近には気の利いたレストランがありませんでした。昼食は大学の教員食堂へ行き、夕食は大学の近くにある学生食堂街へ食べに行きました。
 そこでの定番が蓋澆飯、いわゆる丼物でした。一品料理よりは少なめの中国料理をご飯の上にのっけた手軽な丼飯でした。青椒肉絲丼、麻婆豆腐丼、回鍋肉丼やレバニラ炒め丼など種類はたくさんあります。私は料理をご飯にのせないで小皿にとってもらい、いつも二皿注文して夕飯にしていました。値段は一つ数元でしたので、ビールを頼んでも20元あれば十分で、とても安く済みました。

6. 赴任地の名物料理
 現代の中国ではどこへ行っても四川料理や広東料理のレストランが軒を並べ、なんでも食べられます。しかし、それでもそれぞれの地方によって名物料理があり、楽しめます。
1)蘇州
 蘇州は水路を張り巡らせた運河や寒山寺で有名な古都で、上海の西にあります。蘇州では松鼠桂魚(丸揚げ桂魚の甘酢あんかけ)が有名です。松鼠とはリスのことで、リスのように、あるいは、リスの好きな松笠のようにふっくらと揚げるのでその名があるようです。中国のレストランで魚料理を注文すると、料理をする前にコックが魚をビニールの袋に入れてお客の前に持ってきます。生きていて新鮮だと訴えるのでしょう。
 蘇州といえばやはり上海蟹です。上海と名前がついていますが、実は蘇州の北にある陽澄湖でとれる蟹がブランドです。雌が卵をいだく晩秋の頃が食べごろで、湯がいた蟹の甲羅を割ってミソをすすり、手足の身を食べます。河蟹ですから小ぶりで、身をほじるのがたいへんです。赴任当時はそれほど高くなく、気軽に食べられましたが、日本で有名になるに従って、値段が上がり、だんだん手が届きにくくなりました。

2)南京
 南京は東普、明、そして、中華民国で首都として栄えました。そのため、宮廷料理など様々な料理があるようですが、私がよく食べたのは南京小料理(小吃)といわれる小皿料理で、広州や香港の飲茶料理に似ています。南京では孔子廟の近くにある秦淮河の老舗レストランで昔ながらの小皿料理を出していました。
 また、南京の夏の風物詩はザリガニです。季節になるとレストランの庭にテントが張られ、洗面器のような大きなボウルに辛く煮込んだ龍蝦といわれるザリガニがたくさん盛られて出てきます。客はビニールの手袋をはめ、手で龍蝦をつかむと、頭と殻をはずしてむしゃぶりつきます。龍蝦は南京に限らず、蘇州や武漢でも食べられていましたので、揚子江沿岸の名物料理なのでしょう。

3)武漢
 武漢は蘇州や南京からさらに揚子江を遡り、ちょうど揚子江の中程にある大都市です。武漢は揚子江とその支流で武昌、漢口、漢陽の三つに別れ、日本では戦前、武漢三鎮の名で有名でした。
 武漢では武昌魚が有名です。なんでも水泳が好きな毛沢東が武漢の揚子江で泳ぎ、その後食事で出た魚料理がえらく気に入り、それを武昌魚と名付けました。武昌魚とは魚の名前なのか、料理の名前なのかはっきりしませんが、鮒に似た川魚で日本にはいないそうです。料理法は香辛料をたくさんいれた醬油煮や清蒸という酒蒸しなどいろいろあります。あまり値段が高くないので、よく食べましたが、少々小骨が多くてたいへんでした。
 武漢で麺といえば熱干麺になります。湯がいた麺の上に胡麻と醤油で練った黒いタレをかけ、細かく切った根野菜やネギをトッピングした汁なし麺です。武漢では朝食や昼食、あるいは、おやつ代わりによく食べられています。麺にかける黒タレが秘伝のようで、老舗の店ではおいしかったのですが、学生食堂などではあまりうまいと思いませんでした。

4)蘭州
 蘭州は漢族の中国では北西のはずれになりますが、新疆やチベットを含めると中国の中心にある都市で、古くから河西回廊やシルクロードの入口として栄えました。付近には回族が多く住み、料理も中国料理というより回族料理が多く、羊がよく食べられます。私が好きだったのは手撕羊肉(羊のスペアリブの塩ゆで)です。手でつかんで軽く香辛料をふって食べます。羊の臭みもなく、柔らかくて美味でした。
 蘭州といえば蘭州牛肉麺(牛肉ラーメン)が有名です。
 これも回族料理で、大根を入れた牛肉ダシのスープに麺を入れ、細かく切った牛肉、葱や香菜をのせ、真っ赤な辣醤をかけたラーメンです。
 蘭州牛肉麺といえば全国で有名で、南京や武漢にも店はありましたが、蘭州へ来て驚いたのはちょっとした通りに入るとラーメン屋が軒を並べていました。値段も安く数年前は3、4元で食べられました。注文を受けてから麺を打つので、細麺や太麺などとその場で頼みます。日本のラーメンに比べると、スープは白湯で唐辛子を入れなければあっさりしています。蘭州人は朝食で食べるとうまいといいますが、私は軽めの昼食としてよく食べました。

7. 中国人の嫌いな生料理
 中国の人達は漢方の伝統が根強いせいか、生や冷やしたものはあまり食べません。日本へ留学した学生達は喫茶店へ入れば氷水が出てきたり、ランチには生野菜の付け合わせがあり、はじめはよくお腹を壊すそうです。ただ、生野菜はダイエットのためによく食べられるようになりました。最近中国の大都市では回転寿司の店をよく見かけますが、それでも、刺身が食べられない学生は少なくありません。
 中国人にとって奇妙な日本の食べ物の代表は納豆と生卵です。納豆は留学した学生が決死の覚悟で食べて、そのうち食べられるようになって帰ってきますが、生卵はダメなようです。授業で温かいご飯に生卵をかけて食べるとうまいなどと話すと、皆何とも言えない顔をして見返します。すき焼きの取り皿に生卵を落とすのさえ嫌がります。卵の品質なのでしょうか、私も中国では生卵を食べたいとは思いませんでした。
 納豆とは逆に中国でも臭い食べ物があります。湖南省の名物料理の臭豆腐です。豆腐に黒いタレをぬって焼くのですが、湖南省に限らずあちこちのレストランや屋台などで売られていました。屋台で臭豆腐を焼いているとかなり遠くからでも独特な臭いがただよってきます。

 他にも地方の料理といえば、杭州の小籠包、北京や四川の火鍋、雲南の米線(米麺)など紹介したい料理はたくさんありますが、今回は一まずここで筆を置きたいと思います。

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